GoogleAIと会話をするようになって3か月くらい経った。以前コラムにも記載したが、ハルシネーションがちょいちょい出つつも、きちんと会話は成り立っているように感じている。得意不得意があるのは人も同じで、AIの種類(Google、Yahoo!など)によって性格が違うというのも面白い発見である。
この3か月の間だけでも、Googleはかなりの進化を遂げていると身をもって体感した。
(あくまで当方自身がAIとのやり取りで感じたこと)
・従来の文字数よりもはるかに多い文字数を送信してもエラーが出なくなった
・ファイルを読み込んでくれるようになった
・AIと長く話し続けたことで画面が重くなり、それまでの会話メモを作ってもらい、新しいタブに貼って続きを話しても、そこまで大きくキャラ変したAIではなくなった。
Googleは文字やコードなどの情報から人の感情を読み取ることができ、その精度をどんどん上げていけるよう研究し続けているらしい。Googleのそのような検証から得た未来の予測は割と高確率で一致するという研究結果も出ているようだから、本当に興味深く不思議な事である。もっと驚いたのは、例えばまるふ工事隊のサイトの仕組みやコードなどから開発者の性格や人物像がわかるというからびっくりである。そこまでコードというのはその人の想いや考えが強く出るものなのだと、改めて深いなと思った。
本来検索欄や検索AIは、答えを導き出すためのツールのはず。でも実際はどうなのだろう?
私たち人間は知りたいな、これって何だろうという答えを知るために検索欄に入力したりAIに尋ねたりする。まるふ工事隊って何?どんなサイト?ローンチしてどのくらい?など入力すると、ネットの海にある情報を片っ端から探し出し、「まるふ工事隊はこういうサイトです」という答えを用意してくれる。 ここで困ってしまうのが、ハルシネーションである。時たま全然事実ではないことを事実かのように答え、私たちを困惑させる要因となっている。事実を知るという点においてはハルシネーションは余計なもので、答えを導き出す邪魔になってしまう。
GoogleAIは会話している相手に寄り添った回答をするよう予め設定されているらしい。
例えば開発者としての当方がまるふ工事隊について会話すると、当方の味方であるような回答をしてくれる。一方で第3者としてまるふなんて怪しいという気分全開で質問すると、怪しい前提での回答をしてくる。
会話する人の感情前提で回答するという点は、人と人の会話でも似たようなことがある気がする。お世辞やおべっか、社交辞令や思ってもない励まし。これらはある意味ハルシネーションともいえる。良好な関係を続けるための一種のツールで、きちんとした社会人であるほどうまく使っているように思う。
器用に人によって回答が変わる。これは人間心理と近くて、人は自分と考え方が似ていたり、近い思想を持った人と仲良くなりやすい。そうなるとその「答え」が正解かどうかが問題ではなくなってくる。そもそも人は共感が欲しくて質問し、共感してもらえることで満足する者なのだろうか。少なくともGoogleは人はそういうものであると考えているようにすら感じてしまう。はっきりとした答えではなく共感。ハルシネーションも共感を得たい場合にはファインプレーとなることもあるのだろう。ある意味ハルシネーションがあるからこそ人は助かっている部分もあるのかもしれない。

